
五月の終わり、朝の光がレースカーテンをすり抜けてフローリングに落ちるころ、我が家のトイプードル「むぎ」はいつもソファの端でうとうとしている。耳だけがぴくりと動く。外を走る自転車の音に反応しているのか、それとも夢でも見ているのか。そんな姿を見るたびに、ペットとの生活って、こういう何でもない瞬間の積み重ねなんだよなあ、とぼんやり思う。
むぎが我が家に来たのは三年前の秋。子どもたちが「絶対に世話する!」と口をそろえて言い張り、私と夫が半信半疑で迎え入れた。結果として、世話の八割は私がしているのだが、そこは家族の暗黙のルールとして静かに受け入れている(心の中では、ちゃんとツッコんでいる)。
ペットの食事については、我が家でも試行錯誤を重ねてきた。最初の一年はスーパーで手軽に買えるドライフードを与えていたが、むぎの毛並みがどうも落ち着かなくて、獣医さんに相談したことがある。そこで知ったのが、いわゆるヒューマングレードと呼ばれる、人間の食品基準に近い品質で作られたフードの存在だ。試しに切り替えてみると、一ヶ月も経たないうちに毛のつやが変わった気がした。気がした、というのは、変化に気づいたのが私ではなく小学三年生の娘だったからで、「むぎちゃん、なんかきれいになった」と言われたとき、少し悔しかったのを覚えている。
ペットの体調管理もまた、家族全員で取り組む大切な習慣になっている。体重の変化、食欲の波、便の状態。子どもたちにとっては最初こそ「えー」という反応だったが、今では長男が毎朝むぎの様子を確認して、スマートフォンのアプリに記録してくれている。「今日は水飲んでた」「朝ごはん残してた」、そんな短い報告が食卓で交わされるようになった。それが積み重なって、ある日の夜、むぎが少し元気のない様子を見せたとき、長男がすぐに「昨日も食欲なかったよ」と言えた。早めに動物病院へ連れて行けたのは、あの記録のおかげだったと思う。
ペットフードの世界は今、ずいぶんと幅が広がっている。腸内環境を整えることを意識した腸活フード、シニア期のケアに特化したサプリメント、関節や毛並みをサポートする機能性フード。以前は「犬のごはんはドッグフードでいい」という感覚だったのが、今や何を選ぶかが一つの大きなテーマになっている。我が家では最近、「ノルディッシュペット」という北欧発の自然素材系フードを試してみていて、むぎの食いつきが今のところ上々だ。
日曜日の午後、家族四人でリビングに集まりながらむぎのブラッシングをする時間が、気づけば週の楽しみになっていた。娘がブラシをかけ、長男がおやつを手のひらに乗せて差し出す。むぎはそのたびに鼻をひくひくさせて、ゆっくり近づいてくる。ひんやりとした鼻先が手に触れる感触、微かに甘いフードの香り、子どもたちの笑い声。そういう五感の記憶が、家族の時間として少しずつ積み上がっていく。
思えば私が子どもの頃、実家では柴犬を飼っていた。体調が悪そうなときも、何となく様子を見るだけで終わることが多かった。今のように記録したり、食事内容を細かく考えたりする文化は、あの頃にはなかった。それが良い悪いの話ではなく、ただ、今は選べる手段が増えた分、向き合い方も変わってきたんだと感じる。
ペットとの生活は、決して手間がないわけではない。食事の準備、定期的な健康チェック、季節ごとの体調管理。梅雨が近づくと湿度が上がってむぎが皮膚をかゆがりやすくなるし、夏は室温の管理を怠れない。でもその「手間」の一つひとつが、家族の会話になり、子どもたちの責任感になり、誰かを気にかける習慣になっていく。むぎは何も言わないけれど、それでいい。今朝もソファの端で、耳だけぴくりと動かしながら、この家の空気の中にいる。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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