会社から帰ると、ペットが待っていてくれる。一人暮らしだからこそ知った、ペットとの生活の豊かさ

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五月の夕暮れは、思ったより早く橙色に染まる。残業を終えてアパートの階段を上りながら、鞄の重さよりも足の重さのほうが気になる夜がある。三段目のステップが少し軋む音。それが毎晩、帰宅の合図になっていた。

玄関のドアを開けた瞬間、麦(むぎ)は必ずそこにいる。トイプードルの麦は、体重たった3.2キロの小さな生き物なのに、その場の空気をまるごと塗り替えてしまう。しっぽが見えなくなるほど激しく振られ、前脚が宙に浮いて、全身で「おかえり」を言っている。
玄関のドアが開く音がすると、奥のリビングから廊下をダッシュしてきてくれる
、そのたった数秒のために、今日も帰ってきたのかもしれない、と思う。

一人暮らしを始めたのは27歳のとき。都内から少し外れた駅の近くに、ペット可の1LDKを見つけた。当時は「ひとりで動物を飼えるだろうか」という不安のほうが大きかった。
愛するペットとの生活は、日々の癒しや活力の源になる。特に一人暮らしでは、ペットが心の支えになることもある
、とは聞いていたけれど、それが本当だと分かったのは、麦を迎えてから最初の冬のことだった。

その冬、インフルエンザで三日間寝込んだ。熱が38度を超えて、台所まで歩くのも億劫で、ただ布団の中でじっとしていた。そのとき麦は、枕元を離れなかった。鼻先をそっと腕に押しつけて、温かい息を吐きながら、ずっとそこにいた。体温より少し高い、獣の柔らかな温もり。あの感触は今でも覚えている。言葉はなかったけれど、何かが確かに伝わっていた。

ペットとの生活は、日常のリズムを変える。以前は夜中の2時まで動画を見ていたのに、麦のごはんの時間に合わせて朝7時に起きるようになった。夕方の散歩のために、定時で仕事を切り上げる理由ができた。
ペットを飼うことで、生活が規則的になる
という変化は、思っていた以上に自分の体と気持ちを整えてくれた。

帰宅後のルーティンも変わった。玄関で靴を脱ぐ前に麦が飛びついてくるので、まず床にしゃがんで頭を撫でる。それから手を洗って、ごはんを用意する。キッチンでドライフードを計量スプーンで量るとき、麦は必ず足元で待っている。器をフローリングに置く音がした瞬間、小さな爪の音が走る。その音が、部屋に生活の音を取り戻してくれた気がした。

ひとつだけ、笑えない話がある。ある朝、寝ぼけたまま麦のごはんを用意しようとして、間違えて自分のコーヒーカップにドライフードを一粒落としてしまったことがある。気づかずに一口飲みかけて、口の中に硬いものが転がってきた。麦は足元で、何も知らずにしっぽを振っていた——いや、もしかしたら全部知っていたかもしれない。

身体が疲れたときや気持ちが沈んだときにペットと一緒に過ごすことで、心の充足感を得られる
。その言葉の意味を、理屈ではなく体で知っている。仕事でミスをした日も、人間関係に疲れた夜も、麦はいつも同じ顔でそこにいた。こちらの機嫌を読んで、静かに寄り添う。それだけで、不思議と呼吸が深くなる。

ペットとの生活を始めてから、近所のインテリアショップ「ノルデンハウス」で買い揃えた木製の棚に、麦のおもちゃや首輪がずらりと並ぶようになった。以前は殺風景だった部屋が、少しずつ「住んでいる場所」になっていった。

一人暮らしは、自由だ。でも自由すぎると、どこかが空洞になる。その空洞を埋めてくれたのが、麦だった。
仕事や学校から帰宅した際に、尻尾を振って迎えてくれる犬や、甘えてくる猫がいるだけで心が癒やされる
。その一瞬のために、今夜もまた、少し急ぎ足で帰る。階段の三段目が、今日も静かに軋んだ。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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